January 2008
@repon BI は、勤労意欲をなくさせることよりも、富を生み出さない仕事を「勤労」だと人々が定義して、勤労し出すことが問題なのだと思います。 *Tw*
– Twitter / From dusk till dawn: @repon BI は、勤労意欲をなくさせることよりも…
負の所得税
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– 駿河台大学の皆様へ-負の所得税
自然科学、特に化学が苦手な人には、こんな喩え話は通じないかもしれませんが、知識と情報は、物質とそれを構成する元素の素粒子と言えるかもしれません。知識は、情報に比べ...
– ぶらぶらライブラリアン
よく誤解されやすいけど、工業デザインにおいて「アクセスがよい」「効率がいい」とか「機能的」といった美徳は、基本的に低所得者層、労働者層用の商品のコンセプトです。逆...
– fladdict.net blog: 世界大恐慌とか雑感
しかし、こうした自己承認や自意識の備給を自転車操業せずにはいられない自意識チャリンカー達においてはどうだろうか。自己承認や自意識を備給しなければならない需要が強い...
– 自意識チャリンカー(自意識自転車操業) - シロクマの屑籠(汎適所属)
これは僕の考えですが、高齢者の割合が増加した結果、社会や家庭が高齢者をケアするのに必要な金銭的、人員的な余裕がなくなってきて、社会的に「放置」される高齢者が増えて...
– 高齢者犯罪の急増 - Baatarismの溜息通信
俺は古本屋とディスクユニオンで散財をして、その日もいつものように夜寒の裏通り路地を歩いてた。そしてそこで俺は大学生風のカップル二人組に呼び止められたんだ。
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– サンボマスター 唄とギター山口隆のブログ:Excite Music連載ブログ : 泣け!バンドマン! ...
これに対し、鳩山氏は「道路整備のコストを下げることなどで、地方には負担をかけない。国の直轄事業として行っている公共事業のうち、3分の1は地方が負担している。すべて...
– 2008-01-20 - さよなら絶望官僚
日本アニメの加工ビジネスで培われてきた人材は今、中国の国産動漫産業の振興に、非常に貴重な人材として大事に扱われるようになっている。
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– 脱・下請けに動きはじめた中国のアニメ会社 (中国”動漫”新人類):NBonline(日経ビジネス オンライン)
作品としての日本アニメが中国に上陸したのは1980年代初頭であることは、すでに何度か指摘してきた。「鉄腕アトム」を筆頭にすぐれた作品が中国人の心をたちまちとらえ、...
– 脱・下請けに動きはじめた中国のアニメ会社 (中国”動漫”新人類):NBonline(日経ビジネス オンライン)
こうした事柄が悪循環を生み出している。子供を私立学校に通学させている納税者は、公立学校のために税金を使うことを嫌っている。その結果、公立学校の教育の質を維持するこ...
– 週刊東洋経済TKプラス | 政治・経済 | グローバル・アイ 世界の視点 | 投資・経済・ビジネスの東洋経済オンライン
戦後の日本で最も賞賛に値する成果の一つに、高い社会的流動性を持った能力主義国家の建設がある。貧困層や中間層の子供でも、能力と野心さえあれば社会的に上昇することがで...
– 週刊東洋経済TKプラス | 政治・経済 | グローバル・アイ 世界の視点 | 投資・経済・ビジネスの東洋経済オンライン
これほどまでに知識格差が大きくなっていく中で、両者が協働するわけである。専門知を実につければつけるほど、支援者の現場での仕事は苦しくなっていくんじゃないだろうか。...
– 知識格差が招く排除 - lessorの日記
「法の条文には書いてないが判例でそうなってる」ってのは「RFCで明記してないけど、まともな実装ならこういう慣習を守る」ぐらいの意味か。そして法律用語の「判例変更」は「世間の状況が変わったんで慣習変えようぜ」ぐらいのニュアンスか。 lang:ja — otsune 第一文について、これは実態としてはNoだ。 「まともな実装」として想定されている慣習を破ってまともじゃない実装をしたとしても、顰蹙を買ってコミュニティ内での評価が下がったり、誰にも利用してもらえなくなる程度だと思う(違うかな?)。でも、法的紛争だとそれだけじゃすまないことも多い。だから「少なくとも私が弁護士でアドバイスするならクライアントに対して判例に言う要件を厳守するように言い渡すだろう」とか、判例に従うことの重要性は強調していたつもり。 ...
結局のところ、人は「信じたいものを信じる」生き物なのだと思います。そして、自分のことをバカにしている人の意見は、どんなにそれが「正論」でも、なかなか「信じようとは...
– 「新風舎問題」と「素人と専門家の深すぎる溝」 - 琥珀色の戯言
つまり携帯小説をバカにする多くの人達がムカついているのは、その致命的な低レベルさと作者の技術的な向上心の無さ、そしてそれをそのまんま受け入れている人たちのゆるーい...
– osakana.factory - 携帯小説から見える未来 まさしく仰る通りである。しかし、メディアについて見過ごしている嫌いがあると思う(クリエイターの矜持を表明することを優先させて書かなかっただけかもしれないけれど)。メディアの違いにもっと敏感になる必要はあるだろう。 ケータイの小窓で長文を読むのは(書くのもだけど)、かなり厳しいことだ。岡野宏文と豊崎由美は『百年の誤読』において次のように指摘している。 岡野 これ(引用者注:「Deep Love...
興味深い記事を見た。
NHK記者ら三人がインサイダー情報による株取引容疑で取り調べを受けているという話である。...
– モラルハザードの構造 (内田樹の研究室)
twitterは何かという議論に関する議事録
koizuka twitter って、選択的 ( 自己申告 )social stream のインフラだよね
koizuka こんな時間に言ってもあまり反応は期待できないが。。
chabashira @koizuka なるほど
koizuka @chabasira おお、反応がw
koizuka @chabashira
chabashira @koizuka でも、本当におもしろいですよね。UDPみたいなコミュニケーション。あいての返信を気にせず送るっていうのは。
koizuka @chabashira ですな。非対称の、有向ネットワークだなあ。肝は、それであっても文脈が形成されるところかな
koizuka twitter のおもしろさは漠然と説明できない感じだったけど、やっとしっくりきたかも
koizuka ポイントはユルさ、という説明はよく見たが、そこではないな。まさに「今何してる ? 」が「伝わってくる」ことで文脈を形成するところだな。
chabashira @koizuka そうなんですよね。それが驚きなんです。ただ考えてみるとマスメディアは同じような構造を持ってますよねw
koizuka 「またニコニコ動画みてる : 」を、目に入った物にを見に行った表明として再表明するのは、このトポロジーにおいてはむしろ正しいんだ。
koizuka @chabashira ですなあw結局社会の縮図なんだな
koizuka 文脈が勝手に共有できるため、あとから話の輪に入りやすい。この構造を維持するための文化が「ユルさ」と形容されるんだな。
koizuka それは情報の伝播速度が速いために、社会的な接続プロトコルを簡略化しないとボトルネックになるってところからきてるんだろうな
chabashira @koizuka 「ゆるい」コミュニケーションって相手がわかる掲示板みたいな
chabashira @koizuka 感じなんでしょうかね?
koizuka .@chabashira 「従来の記名掲示板」は、ネットワークの構造が違う ( 話題ベース)のと、社会的プロトコルが残ってる ( 挨拶とか半年 ROM れ ) のが違うな
koizuka @chabashira 掲示板はその特性上、ブロードキャストだよね。従って強制的に文脈が共有されるため、時間とともに全体の前提知識要求が累積する。 twitter は経路が制限されているのでなかなか全体に文脈が広がらない
chabashira @koizuka でも経路が制限されてたら「ゆるく」ならないんじゃないですか?
koizuka @chabashira twitter は文脈が話題ではなく人に付く。人に対しては情報は蓄積してしまうが、ここでその要求をしない文化プロトコルが効いてくるか .
chabashira @koizuka あー、確かに経路が制限されてますね。ただ制限はユーザー本人でしてる。ある意味情報のサニタイズをしているってことかも。
koizuka favotter は twitter 単独では無い情報の流れを作ってて、これはいい感じに話題のタネになってるな
koizuka favotter, buzztter
koizuka あとall @ reply設定もネットワークを広げるツールだな
koizuka twitter は SNS だな
koizuka 昨夜のをまとめると。
Yoi @koizuka そのココロは?< twitter は SNS
myrmecoleon mixiとかは人的ネットワークを可視化する仕組みだけど,twitterは人的ネットワークそのものな気がするな。
Yoi @koizuka なるほど
koizuka @Yoi 逆に SNS じゃないというなら、 SNS の最小構成要件で twitter に足りない部分って何なのかな。
koizuka SNS かどうかってのは昨夜の話とはポイントが違うとはいえるな
koizuka むしろ SNS とは何か、という話だなw
myrmecoleon twitterって一応主題的なつながりを培地にネットワークを広げるツールなんだけど,はてなのブックマークとかmixiのコミュニティとかと違って,定義困難な「ひとりごと」の中の主題的つながりが培地なんだよね。
chabashira @kynbit @koizuka 共通する点はSocialであることでしょうね。そのSocialが何かというとコミュニケーションだと思うんです。twitterがおもしろいのは、その方法が片方向に見えて、双方向性も持ち合わせているところかなーと。
個人であれば全てを一つに賭けるしかなく、余裕がありませんので、min-max的に「一番はずれが少なさそう」という選択肢に集中してしまうのはわからないでもありません...
– 「近道」の探し方 | bewaad institute@kasumigaseki
この中で、ニコニコ動画で違法動画を見たことがない者のみtumblr.に石を投げなさい
問題そらしではないのだけれど、tumblrで画像を見てイヤだった画像作家さんは、「人生削って関わったアニメがニコニコ動画で放映日にアップされるスタッフのぐんにょり感」を想像しやすいと思う。 自分の関わったゲームとか小説が、P2Pで流れてて脱力する感覚とか。 別に、だったら味方してやれよと言うわけではない。ニコニコのアレいい加減なんとかしてやれよとも言わない。 でも、法律以前の作り手のモティベーション、「ぐんにょり感」のようなものを持ち出すなら、問題ははっきりつながっている。 ダブルスタンダードにならないように、そろそろ各人が自分なりのスタンダードは決めておくべきじゃないかとは思う。 — rumor — retlet — nakano —...
危機的な状況であるということを、ごく一部の人間だけが感じていて、他の人間が全く感じていないとき、組織だとか共同体というのは、本当に悲惨な状態になるのだろうと思う。...
– lessorの日記
○諏訪委員 若者の問題は専門家がいらっしゃるので、なかなか発言しにくい部分があ ります。連携が必要だというのは全くそのとおりで、いろいろな連携が必要だと思いま...
– 07/10/12 平成19年度第4回雇用政策研究会議事録
リービッヒの最小律CommentsAdd Star
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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– リービッヒの最小律 - Wikipedia
念のため断っておくと、僕は別に、事物を視たいように視るのがいけないことだとまで言うつもりは無い。事物の現実を眺め続けることはしんどいことだし、分からない部分は分か...
– 極端なネガ/ポジで視たくないものから目を逸らす処世術について - シロクマの屑籠(汎適所属)
少なくともバブル崩壊までは子の生活水準は親のそれよりも高くなるという暗黙の了解のようなものがあったのが、長期不況に陥り次第にそれが幻想と化し、今では親世代よりも子...
– 将来期待値の低下が格差感をもたらす - すなふきんの雑感日記
この分析についてのwebmasterの主観的解釈を述べておくなら、失業者が犯罪を起こすということではなく、失業率に代表される雇用の不安定化=将来に向かっての希望の...
– 犯罪件数は失業率でほとんど説明可能! | bewaad institute@kasumigaseki
自身の給料を考えても、毎年5%ずつ上昇するならば、15年弱で2倍になります。20歳で就職して30歳で2倍に給料が増えたならば(年功序列でなくともスキルの習得等によ...
– 終身雇用等の幻想 | bewaad institute@kasumigaseki
1.検挙率が変わるほど大幅な恣意的操作がなされている認知件数がどうして相関するのか?...
– 少年犯罪データベースドア:考える前にやるべきことがあるだろ
意外と知られていないこと‐しったかぶれる法学用語解説(1) - 半可思惟
【法域】 世界には多数の法体系(法秩序)が存在します。 各国は、ひとつの法体系の下で、ある法域を形成するのが通例です。いろいろな法が混在していると混乱してしまいますし、同じ国の中なら慣習なども同じだと考えられるからです。ただしアメリカ合衆国のように、一国内に複数の法域が形成される場合もありますので要注意。 【法系】 多数の法体系には一定の共通した要素があります。これをまとめて種類別にしたものが法系です。 大 陸法系と英米法系という言葉を聞いたことがあるかもしれません。この2つは世界の二大法系と呼ばれ、大陸法系はイギリスから見たヨーロッパ大陸を意味して いて、civil lawと呼ばれることも多いです。それに対して英米法系は、ゲルマン法に由来するイギリス法が、当時イングランドを通じて単一だったことからcommon lawと呼ばれています。*1 ...
tumblr の問題についてついったもののまとめ(一人だけどチャット形式に。読みやすいかと)
me: 今回の tumblr 著作権周りの話題の爆発は、tumblr ユーザの踏み絵というか転回点になりそうだな。
me: ただ問題となっているのが、ほんとに著作権なのか、というところは感じる。現行の著作権に対して、黒いのはわかってやっている人も多い。俺もそう。だからある意味そこに対しては開き直る以外、続かない。最初から負けている。
me: 一方で俺自身は原作者に悪意を持ったことはない。その気持ちを傷つけようと思ったこともない。で、もし俺の転載が無条件に原作者の気持ちを傷つけているなら、俺の行為は原作者に対しての悪ではあるだろう。だがその確率はどのくらいか? というか事前に知ることは可能か?
me: 法律に違反すること は 原作者を傷つける(あるいは不利益をもたらすこと)こと とイコールか? それともこれらは、まったく違うレベルの話か?
me: あとまったく関係ないけど、一部の tumblr ユーザが tumblr をやっていることの意味、というか一つの理由?について。http://jinon.tumblr.com/post/23719987
me: 話を戻すが、法律違反という事態と原作者への加害という事態は、区別して考えるべきだと思う。一方は一般的な問題であり、他方はやはり個別的な問題だろう。
me: で、と。俺個人はずっと、原作者のクレームがあった場合は基本、謝罪and削除というスタンスでいた。これは個別の問題への対応。
me: そんで、法律側の問題。まあね、それは非親告罪になったら、やばいのかもしれん(詳しくないけど)とは思っていた。後、訴訟大国のアメリカであれば、もっと慎重にやっていたかもしれないとも思う。けど日本なら、どうなんだろう。それから海外の画像を転載するのは?
me: というか法律のことは正直よくわからん。自分が違反をしているとはわかってる。けれど自分にとって重要なのは、個別の問題だと思っていた。という感じかな。それ以上のことは考えていない。
me: 転載によって原作者が傷つくかどうかを回避する方法は一つある。事前承認をもらうことだ。
me: で、ここは実はtumblr問題の隠れたベースだと思うが、許可を得るために必要とする時間はtumblrにpostする時間の何万倍もかかるということ。tumblrではギークたちが作った超お手軽ツールですごいスピードでpostできるから。
me: だから言ってしまえば二、三秒で済むポスト動作の前に、早くて数十分、下手すると数日かかることをやるか、という問題。
me: ま、俺が怠惰で面倒くさがりであるがために、原作者を傷つけてしまう可能性を残したまま、ポストをするわけだ。これは俺に非がある。ただ許諾を得るシステムとポストツールの時間差が大きすぎるのも事実。
me: 最後。tumblr で好みの人(変な言い方・・・)をフォローして、Dashboard を見るのはすごく楽しい。いい絵や言葉が流れるから。それをreblogして自分の表で見るのも楽しい。それが誰かにreblogされるのも。
me: あとアクセス数とか云々については、多分大半は意識していないんじゃないかな。dashboard しか見ない人も多いから。あるいはRSSだけとか。それより自分の好みの情報が流れてくるのが、tumblr の楽しみの一つだと思う。
「法の条文には書いてないが判例でそうなってる」ってのは「RFCで明記してないけど、まともな実装ならこういう慣習を守る」ぐらいの意味か。そして法律用語の「判例変更」は「世間の状況が変わったんで慣習変えようぜ」ぐらいのニュアンスか。 lang:ja — otsune 第一文について、これは実態としてはNoだ。 「まともな実装」として想定されている慣習を破ってまともじゃない実装をしたとしても、顰蹙を買ってコミュニティ内での評価が下がったり、誰にも利用してもらえなくなる程度だと思う(違うかな?)。でも、法的紛争だとそれだけじゃすまないことも多い。だから「少なくとも私が弁護士でアドバイスするならクライアントに対して判例に言う要件を厳守するように言い渡すだろう」とか、判例に従うことの重要性は強調していたつもり。...
「権利(法)のための闘争」
Tumblrが合法か否か、というトピックを頻繁にDashboardで目にするようになったけど、そもそも法って何なんだよ、という観点が抜けているので説明のかわりに1967年に刊行された川島武宜の『日本人の法意識』からいろいろ引用。以前書いたメモを参考に書いてます。...
共同体と機能体
http://blog.so-net.ne.jp/schutsengel/2007-04-23-1 わざと視点を外して素地の分析めいたことをしてみますとね。なんだか社会に「業務なら個人より責任が軽い」みたいな風潮ってあるような気がする訳です。私は法律も人に説明しますが、「過失傷害罪と業務上過失傷害罪のどちらが罪が重いか?」みたいな質問に「業務上の方が軽いのかな」なんていう人が結構います。現実には「過失傷害罪」には懲役刑は無いけど「業務上過失傷害罪」は最高懲役5年というかなり重い罪ですね。「業務上ということは、その行為をしている人は反復して継続的にやっているのだから、当然事故を防ぐ責任も重くなるのですよ」なんて説明すると「なるほど」となるのだけどね。...